STARING AT THE WHITEWASH


Staring at the whitewash

Mammy and daddy are so far away

Staring at the whitewash

Out of the blue comes a song in my head

We can't be a family,we're better off dead

I 'm stuck here,I 'm stuck here!





もう、彼はずっと、其の白い壁を見詰めていた。

随分と、長い時間そうしていた様な気がする。

そして、また、そんなに長い時間は経っていない様な気もした。

そういえば、いつから自分はここにいるのか。

いつまで、こうして壁を見詰めていればいいのか。

彼は、壁を見ながら考える。





「ええ、経緯は詳しくは分からないのですが、三週間近くも母親の

遺体の側に居たらしいんです。」

「・・・・三週間も、ですか?」

「はい、この季節ですからね、遺体の痛みも早いですから。

近所の人間が異臭に気が付きまして、部屋に入ったところ

その母親の遺体の側で座って居たんですよ。」




父と医師の会話が耳に入って来る。

カヲルは窓から、中庭を眺めた。

彼はまだ、人間の死体を見たことが無い。




「父親は何処にいるのか、まるで分からないんですよ。」

「こちらでも、探してはいたんですがね・・・・まあ、それは

私共の仕事ではないので、」




父は彼のことを、遠い親戚の子供だと説明した。

何処までが本当なのか、其の真偽のほどは定かではない。

父の奔放な私生活は、周りの人間にいらぬ疑いを抱かせる。

それでも、カヲルは父が好きだったので、父の言うことを素直に信じて

いる振りをすることに決めた。




「カヲル、」

父に名前を呼ばれて、カヲルは窓辺から離れる。

「ここです、」

医師が扉のひとつを開けた。

白い部屋に、白いベッド。

白いパジャマを着た少年が、背中を向けて座っていた。



「ここに連れてこられてから、ずっとあのままです。

母親の死が、相当応えたようですね。」

「そうですか、

・・・・・シンジ君、」

父が、其の少年の名前を呼んだ。

けれど、シンジと呼ばれた少年はなんの反応もしない。

「シンジ君、」

もう一度、名前を呼ぶ。

それでも、彼は動かなかった。



「時間をかけて、治療してゆくしかありません、」

医師が父に説明をはじめる。

カヲルは父達の話には興味が無かった。

彼らの話よりも、シンジという目の前の少年の方が、カヲルの

心を捕らえて放さなかった。

心を病むということが良く分からないカヲルは、そんなシンジの背中を

恐れにも似た気持ちで見詰める。

カヲルはシンジの顔を見てみたかった。

ゆっくりと、シンジに近付き、其の横顔を覗く。

それは、驚きと言ってもいい。

思わず、息を飲んだ。

焦点の合っていない眼差し。

病的に青白く、人形の様な容貌。

表情が無いのだと気づくまでに、暫く掛かった。

父に肩を叩かれたときに、カヲルは必要以上に驚いてしまった。

「・・・・・どうした、カヲル?」

「な、なんでもないよ・・・父さん。」

カヲルは自分の動揺を父に知られまいと、極力平静を装う。

この病院に来る前に、父がシンジを引き取りたいと言っていた

事をカヲルは思いだしていた。

あの、人形のような少年が家族になる。

カヲルは訳の分からない、不安を感じずにはいられなかった。

「シンジ君は・・・・可哀相な子なんだ。」

「・・・可哀相・・・」

カヲルは父の言葉を、口の中で繰り返した。

ゆっくりと、頭が其の言葉を理解する。



彼は、可哀相なのだ。



「・・・・そうだね、可哀相だね・・・・」




それは、哀れみや同情と言った感情に良く似ていた。

其のもの、ともいえる。

カヲルは授業を終えると、毎日のようにシンジが入院している

病院に通った。誰に言われたわけでもない。

行ったとしても、ただ壁を見ているシンジを、ちらりと小さな

窓からのぞき見るだけだ。

いつ訪れてもシンジは、同じ姿勢でただ壁を見詰めている。

カヲルはそれが不思議で仕方がなかった。

あの、白い壁に一体何があるというのだろう。




「会って、話し掛けてあげるといいの。」

声を掛けられ、振り返ると一人の女医が立っていた。

「・・・・なんでもいいの。今、シンジ君はここに居ないのよ。

だから、話し掛けてあげて、ここに戻って来られるようにしてあげるの。」

カヲルはその女医の豊かな胸元にある、小さなネームプレートを読んだ。

葛城、と書いてある。

カヲルの視線に気が付いた女医は、にっこりと笑う。

「ごめんなさい、あいさつがまだだったわね。

私は、シンジ君の担当医をしている葛城よ。・・・ミサトで

いいわ、よろしくね。」

そう言って、葛城と名乗る医師は右手をカヲルに差し出した。




「カヲル君には、面倒なことだろうけど、貴方にも私たちと話し

をしてもらうことになるわ。」

「僕も、ですか?」

怪訝そうにカヲルはミサトの顔を見た。

「あ、違うわよ、別にカヲル君がどうこう言うわけじゃないの。

シンジ君の治療の為に、よ。」

カヲルは珈琲に口をつける。

病院の喫茶室で飲む珈琲は、オキシドールが入っているような

気がした。辺りの匂いの所為かも知れない。

「・・・どうして、シンジ君は、ああなったんですか?」

「分からない・・・でも、お母さんが亡くなった事がとても

ショックだったのだと思うわ。」

「・・・・でも、世の中には親を亡くした子供なんて、沢山いますよ。」

ミサトは少しの間、カヲルの顔を見詰める。

言葉を探しているようだった。

「説明するのは、とても難しい事だけれど、シンジ君にとって、お母さん

が、彼の全てだったのね。世界の中心、とでもいったらいいかしら。」

カヲルには、それが良く理解できない。

ミサトの言っていることは解るが、母親の死で崩れてしまう世界が

解らないのだ。

生きている限り、人はいずれ死ぬ。

父や母が死んでしまうのは悲しい事だが、自分にも何時か同じように

死が訪れる。それは仕方のないことだ。

そして人は、其の悲しみを乗り越える力を持っている。



「誰もが、同じように強い心を持っているわけではないのよ。」

ミサトはそう言い残し、席を立った。




カヲルはミサトに言われた通り、壁に向かうシンジに毎日話し掛けた。

何の反応も無いシンジに、他愛も無い話を聞かせる。

幾ら名前を呼びかけても、話を聞かせても、シンジがそれに応えることは

無かった。カヲルはそれこそ、壁にでも話し掛けているようだ、と思う。

シンジの虚ろな目が、自分を見ることがあるのだろうか。

その口が、自分の名前を呼ぶことがあるのだろうか?

自分のしている事は、とても意味の無い事の様に思えてくる。

「・・・・シンジ君、君は今、何処にいるのだろうね?」

カヲルは呟き、溜め息を漏らした。




「別に、やめても構わないのよ。

カヲル君には、其の義務はないもの。」

それは、ミサトの言葉だ。




「信じていなければ、続けることは難しいわ。」


そして、カヲルは病院に向かうことをやめた。



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